水と生きる・水を活かす

明治43年、荒川が氾濫し、甚大な被害となった。
志木市立郷土資料館の脇に、当時の大水害の水位を示す表示板が設置されている。

明治43年、荒川が氾濫し、甚大な被害となった。
志木市立郷土資料館の脇に、当時の大水害の水位を示す表示板が設置されている。

野火止用水を開削した松平氏、いろは樋・佃堤・新田場堤を作った白井氏への感謝を表すため、明治末期に村民が建てたもの。下ノ氷川神社境内に建てられている。

大正10年(1921)から9年をかけて行われた新河岸川の改修を記念して昭和6年に建てられた。改修の様子や改修に尽力した斎藤祐美
(治水翁)について記されている。
 
 
 

おすすめ記事

志木2中美術部が疫病退散の願いを込めたチョークアートがペデストリアンデッキに完成!

中学生によるチョークアー…

志木2中美術部が疫病退散の願いを込めたチョークアートがペデストリアンデッキに完成!

中学生によるチョークアー…

★ キッチンカー出店情報 ★

市役所といろは親水公園エリア周辺のにぎわい創出と利便性の向上のため、正面広場であるグランドテラスにキ…

新着記事

ピックアップ記事

PAGE TOP